有賀 幹夫
弁護士
パートナー東京事務所
本事案は,首都圏の集中豪雨の際に,地下立体駐車場が浸水し,駐車車両が水没した事故に関し,被害者に保険金を支払った保険会社が,当該地下立体駐車場の所有者及び賃貸人(サブリース)=当該地下立体駐車場の設計,施工者に対して,損害賠償を請求した事案である。所有者及び賃貸人=当該地下立体駐車場の設計,施工者側の被告訴訟代理人として訴訟を追行した。
上記事案では,原告保険会社側は,1)地下立体駐車場が浸水したのは,雨水排水処理設備(ポンプ)が機能していなかったことによるものであり,設計ないしメンテナンスに瑕疵がある,2)仮に地下駐車場に設計ないしメンテナンス上の瑕疵がなかったとしても,賃貸人は,地下立体駐車場が浸水することをも予見して管理すべき注意義務があるなどと主張して,土地工作物責任,債務不履行責任等を主張した。
本件事案における最大の争点は,「なぜ,地下立体駐車場が浸水したのか」という点にあった。
上記に関し,当方は,①事故当時は集中豪雨で,雨水量が膨大であった,②本件地下立体駐車場の雨水排水は,地下駐車場に流入した雨水をポンプで引き上げて,当該地下立体駐車場の前面道路のU字溝に排水するシステムが採用されたところ,前面道路が冠水したため,排水処理ができなくなったにすぎない。U字溝の管理権限は,市にあり被告ではないので,被告の法的責任の範疇に属する事項ではない旨,主張して争った。
もっとも,①については,市が原告側の補助参加人として訴訟に関与し,当時はそれほどの降雨量ではなかった旨主張し始め,②に関しては,直接,前面道路の冠水を基礎づける写真等の証拠はなかった(目撃者もなし)。
そこで,当方は,車両の浸水深さに着目し,「当該車両が●センチ水没するためには,●●ミリの降雨量が必要である→しかし,過去の関東地区最大の降雨量を前提としたとしても,地下立体駐車場自体に降り注ぐ雨のみでは当該車両は●センチも浸水し得ない→そうすると,当該地下立体駐車場の外部から雨水が流入しなければ,本件水没事故は生じ得ず,その原因としては,前面道路のU字溝が冠水して,地下立体駐車場の上部から,地下駐車場内に雨水が流入したとしか,物理的に考えることはできない」ことを,降雨量計算を綿密に行い,立証した。
本件では直接的な証拠はなかったが,裁判所は,当方の主張を採用し,本件水没事故は,前面道路が冠水したことにより生じたものであると認定して,前面道路U字溝の管理権限のない当方の責任を全面的に否定した。結果,前記争点1)記載の原告の主張は退けられた。
なお,前記争点2)に関しては,市が管理する公共物たる前面道路のU字溝に排水機能がないことを前提に設計,管理することはできず,予見可能性はないと主張したところ,裁判所は同主張を採用した。
建築物の浸水事故等に関しては,専門業者には高度な注意義務が課され,また,本件では前面道路の冠水を基礎づける直接的な証拠はなかったが,科学的,物理的見地から正当な分析結果が,技術訴訟においては必要不可欠であることが実感できた事案といえる。
本件を担当した弁護士