有賀 幹夫
弁護士
パートナー東京事務所
破産会社が破産申し立てをする直前に,①当該破産会社の登記簿上の取締役が代表者を務める会社が,破産会社に対する貸金,工事代金の弁済を受けた(B事件基礎事実)。②また,同じく破産会社の登記簿上の監査役,そのほかの登記簿上の取締役も,破産申立直前に,破産会社に対する貸金の弁済を受けていた(A事件基礎事実)。
本件は,これらに対し,破産管財人が,①記載の破産会社の取締役が代表者を務める会社及び②記載の上記監査役らに対して,否認権を行使し,弁済金を返還するよう請求した事案である。同事件につき,上記会社,監査役,取締役ら側の被告訴訟代理人として,訴訟を追行した。
1 破産法第162条2項1号,同161条2項によると,破産会社の取締役,監査役等の役員については,弁済当時,破産会社が支払不能であることを知っていたものと法律上推定されることから,同法が適用されれば,「知らなかった」という事実を完璧に立証しなければならないことになり,立証上の負担が著しく加重する関係にある。
上記法律上の規定は,破産会社内部で業務執行等を行う権限と地位にある者は,破産会社の財務状態を把握していることが通常であるという経験則を前提に,これらの者が自らの立場を利用して,ほかの債権者に先立ち,破産申し立て直前に自らの債権の回収を図ることを許さない趣旨の規定と考えられている。
そこで,当方は,訴訟の被告らは,単なる登記簿上の取締役,監査役に過ぎず,役員としての実体のない以上,実質的には取締役,監査役ではなく,破産会社の内部事情を知り得ない,そのため,同法の趣旨は妥当しない旨主張し,争った。
第一審判決は,A事件では当方の法律解釈論を採用し,前記破産法上の推定規定の適用を排除したが,B事件では表見的な取締役であることは,一事情にすぎないとして,当方の法律解釈論を採用せず,前記破産法上の規定の適用を認めた。
結果,A事件と,B事件で裁判所の判断は2分することとなった。
2 なお,B事件では,前記破産法上の推定規定を巡る問題とは別に,一部は勝訴している。これは,当該会社が,破産会社が下請け業者に代金を支払って工事を進行させることを目的に,貸し付けた金員(1000万円)の弁済について「有用な行為」である旨の認定を行い,破産管財人の請求を棄却したものである。
すなわち,本件事案では,破産会社において,継続中の工事の下請け業者に支払いを行い,工事を進めてもらうために,当該会社に対して,不足する1000万円の貸付けを依頼し,これを受けて,当該会社は,現実に,破産会社に対して1000万円を貸し付けていた。この結果,下請けは中断することなく,工事を継続し,竣工にこぎ着けることができたことから,破産会社は,注文者である事業主から,破産申立直前に,多額の竣工金を受領できたという関係にあった。
そこで,当方は,破産会社にとって利益となった上記貸付(1000万円分)の返済は,全体を一体としてみれば,破産会社にとって有用な行為であった以上,法律上の規定にはないが,抜け駆け的な不当な弁済を禁じる否認権の趣旨は妥当せず,破産管財人の否認権行使は不相当であるとの主張を展開した。
裁判所は,「本件貸付金弁済は,被告の破産会社に対する本件貸付金の返済であるところ,本件貸付けに係る破産会社の借入日は平成19年6月28日,被告に対する返済日へ同年7月9日であって,本件貸付と本件貸付金の弁済が同一の当事者間においてなされていることに加え,本件貸付けと本件貸付金弁済の間隔は2週間に満たず時期的に極めて接着していること,本件貸付けが●●ハウスを竣工させるために必要な下請工事業者等に対する支払に充てられるなどその目的が特定されていて,被告においても本件貸付けによる金員が他の債権者の共同担保に属する可能性があることについての認識は乏しかったとみられるなどの事情を総合すると,本件貸付け及び本件貸付金弁済は一連の行為として包括してみるのが相当である」と判示して否認権行使は「相当ではない」との結論を下し,当方の主張を採用した。
【第一審判決後】
A事件は,和解で終結したため,控訴審で判決は出されなかった。
B事件は控訴審では和解は成立せず,判決となり,控訴審判決でも第一審は維持された。すなわち,控訴審判決では,前記破産法上の推定規定に関し,「規定の文言上,その職務を行うことのない名目的な取締役であるかどうかを区別しておらず,また,名目的取締役という用語自体,明確さを欠くものであるから,上記の「取締役」とは,法令の規定に従い,取締役の地位にある者をいう」と判示した。これにより,当方は,上告受理申立てを行ったが,最高裁は判断をせず,上告不受理にて事件は終結した。
「取締役とは何であるのか」「破産法の趣旨は」という法律論から考えた場合,高裁判決の認定は容易に首肯することはできないところであるが,ただ,会社の「取締役」として登記することには,法的に重要な効果が付随する可能性があるということは実務的にはコンセンサスを得られているところであるので,実務的にはやむを得ない判決,とも感じている。
本件を担当した弁護士