土木
土木分野に関する訴訟

東日本大震災により,擁壁が崩落・毀損し,建物に不同沈下が生じたことによる損害賠償請求訴訟事件

 被害者は,平成4年に擁壁付き土地を住宅用敷地として購入し,その後に住宅を建築した。
 しかし,平成23年3月11日の東日本大震災により,擁壁は,崩落,毀損し,建物に不同沈下の障害が生じることとなった。当該地域での震度は,気象庁震度階で「5強」であった。
 この擁壁は,①高さが2mを超えるにもかかわらず,工作物確認申請など所定の審査手続を経ておらず,②下部に現場施工のRC擁壁・上部にプレキャスト擁壁という2段擁壁となっていたといころ,これらの上下段の擁壁は構造的に一体化しておらず,かつ,擁壁の安定計算をしたら,円弧滑り等に対する安全性が確保されていないと見受けられた。また,鉄筋量は標準的な擁壁より著しく少なく,水抜き穴等も施工されていなかった。
 上記種々の問題を受け,当初は,交渉から入ったが,相手方より無視される状態であったため,被害者側の訴訟代理人として,土地売主(会社:宅建業者,擁壁建築の事業主),当該売主法人の代表者個人(宅地建物取引主任者),擁壁の実設計・実施工業者(会社)及び当該業者の代表者個人に対して,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。
 上記における争点は,次のとおりである。
一 擁壁付き土地の売主(法人)に対して
① 売主(法人)は,宅地建物取引業者として,また,当該土地を宅地としての利用を予定した第三者に売却するべく,擁壁を築造し,土地を造成する事業主として,擁壁が高さ2mを超える以上は,建築基準法を遵守し,確認申請をして確認済み証の交付を受け,また工事完成後は完成検査を受け検査済み証の交付を受ける等,本件擁壁の適法性について所定の審査を受け,かつ,安全な土地としての効用を発揮できるよう配慮するべきであった。
② また,本件擁壁が上記手続を履践せず,違法かつ重大な欠陥がある状態となっているにもかかわらず,本件売買契約締結に際して,被害者に対して,これらにつき全く説明しなかった。土地売買に関する専門的知識を有する宅地建物取引業者であれば,上記は当然に認識し,認識し得べき立場にあり,かつ,これらは,売買契約締結に至る意思決定に際して極めて重要な事項に該当する以上,売主(法人)は,買主である被害者に対して,信義則上,説明義務を負うのは当然である。
二 擁壁付き土地の売主(法人)の代表者個人に対して
① 売主(法人)の事業計画を立案,決定し,業務を執行すべき代表取締役として,宅地としての利用が予定された当該土地において擁壁を築造,造成工事をするに際しては,建築基準法等の関係法令を遵守し,適法かつ安全な物件にすることにより,売却によって所有権を取得する者及び当該土地を利用して建物を所有することとなる者らに損害が生じることがないよう配慮すべきであった。
② 買主に対して重要事項説明等を行う宅地建物取引主任者として,土地売買契約に際して,前記一②と同様,説明を行うべきであった。
三 擁壁施工業者(法人)に対して
 擁壁は,敷地地盤それ自体及びその上部の建物を支持する役割を担う以上,その安全性が確保されなければならないことはいうまでもなく,危険な擁壁は,敷地地盤の崩落・毀損,建物の倒壊・毀損の危険性を包蔵することとなる。
 そのため,当該擁壁の施工業者として,建築基準法等の関係法令及び技術基準を遵守し,構造的に安全な擁壁を築造しなければならないにもかかわらず,これを怠り,構造的な安全性を検討せず,法令,技術基準に全く適合しない危険な擁壁を築造し,結果,本件事故が発生した。
四 擁壁施工業者(法人)の代表者個人に対して
 当該擁壁施工業者(法人)の代表取締役として,擁壁の設計,施工方法等を決定する立場にあった以上,擁壁の設計,施工に際しては,当該土地及び同土地上の建物の所有者,転得者等の生命,身体,財産等に危険が及ぶことがないよう,法令,技術基準に適合させるべく最大限の配慮をすべき注意義務があるというべきであるが,これらに反し,法令,技術基準に全く適合しない危険な擁壁を,当該擁壁施工業者(法人)をして,漫然と築造させた。
 上記に対して,被告ら側は,今般の事故の原因として擁壁の経年劣化があるはずであること,擁壁の築造費用が損害額の上限となるべきこと,震災に起因するものであるため,擁壁の崩落・毀損との間には相当因果関係がないこと等々と主張し,これらを争った。
 これに対して,被害者側は,擁壁の構造欠陥の技術的内容・事項を詳細に立証し(私的鑑定書,専門家証言など),また,震災起因性についても,「構造上の危険性を包蔵する擁壁の『瑕疵』が,地震により顕在化しただけである。」等という主張を展開して,これらを争った。
 これらの結果,第一審では,被害者側の請求内容(補修関係費用,慰謝料,一級建築士調査費用,遅延損害金,弁護士費用相当額の損害など)が全面的に認容される判決が下された。なお,遅延損害金の起算点は,本件擁壁が施工され,被害者側が本件擁壁を含む本件土地の所有権を取得した時点とされた。
 この第一審判決を受け,被告ら側は,高等裁判所に控訴提起を行った。
 高等裁判所では,損害金の元金は維持しつつも,遅延損害金の起算点については見直しを行った(第一審の変更)。