萩野 貴光
弁護士
アソシエイト名古屋事務所
第1 事案の概要
Aは被控訴人(依頼者)との間で,被控訴人にて本件建物の設計を行う本件契約を締結し,控訴人は,Aとの間で本件建物の賃貸借契約を締結し,本件建物で認知症対応型共同生活介護等の本件事業を営むものであるが,控訴人は,本件事業を営む事業所としてB市の指定を受けるためには洋室の居室の有効面積が一定以上でなければならないという面積要件があるのに,被控訴人が本件契約に基づき本件建物の設計をする際,面積要件を満たさない設計をしたと主張して,損害賠償を請求する訴えを提起した。
第2 請求内容
控訴人は,被控訴人が面積要件を満たさない設計をしたため,介護事業所指定を受けるに当たってB市から居室を和室にして改装等により洋室としないという条件を付され,その結果,今後,畳の交換費用の出費を余儀なくされることになったと主張し,不法行為に基づく損害賠償を求めた。
第3 争点
1 被控訴人は,設計の専門家であるところ,建物の用途や種類に応じて,その使用等に支障が生じないよう法令等を調査し,これに適合した設計をすべき義務があったといえるか。
2 本件契約において,被控訴人は,構造設計のみでなく意匠設計も請け負っていたところ,意匠設計業務の内容として,介護事業所指定を受けられる設計をする義務があったといえるか。
3 被控訴人は,本件建物の居室の広さが面積要件を満たさないことが判明した後,自らの責任を認めていたといえるか。
第4 判決のポイント
1 争点1について
「建築物に関する基準」に関するものとはいえないとして調査義務を否定
【控訴審判決抜粋】
「建築士法18条1項は,「建築士は,設計を行う場合においては,設計に係る建築物が法令又は条例の定める建築物に関する基準に適合するようにしなければならない。」と規定しているから,その前提として,建築士は「建築物に関する基準」に関する法令及び条例を調査する義務を負うものと考えられる。しかし,本件介護事業所指定は,介護保険法に基づき,要介護被保険者が当該指定を受けた事業者に支払うべき費用について,B市が,当該要介護被保険者に支給すべき額の限度において,当該要介護被保険者に代わり,当該指定を受けた事業者に支払をするための要件であって(介護保険法42条の2第1項,第6項),介護事業の実施それ自体を規制するものではないから,面積要件を定める川崎市の条例は,「建築物に関する基準」に関するものには当たらず,被控訴人にこれを調査する義務があったとはいえない。」
2 争点2について
【控訴審判決抜粋】
「控訴人は,意匠設計業務の内容として,本件介護事業所指定を受けられる設計をする義務があったと主張するが,そのような義務が意匠設計業務の内容に含まれると考えるべき根拠は見当たらない。」
3 争点3について
謝罪文等を提出していたとしても責任を認めたものとはいえないと認定
【控訴審判決抜粋】
「甲9の2 (被控訴人代表者が控訴人代表者にファクシミリ送信した文書)には,「大変ご迷惑をお掛けしており申し訳ありません。」,「私の設計により今回の問題を引き起こしていることは十分承知しております。今後も親身になってこの問題に対処していきます。」との記載がある。また,甲10(確認書)には,被控訴人が間違った構造設計図等各種図面を作成したこと,それが原因となって予定どおり開業できなかった場合は,被控訴人がその責任を認め,損害を回復するための費用を負担すること等が記載され,被控訴人代表者の署名がある。しかし,甲9の2については,その記載内容が被控訴人の責任を認めるものであるとはいえない。甲10については,証拠(被控訴人代表者)によれば,被控訴人代表者は,控訴人代表者から,面積要件を満たさないため本件介護事業所指定を受けることができないとの電話連絡を受けて,気が動転した状態で,急ぎ控訴人代表者と会ったこと,その際,控訴人代表者から甲10を示され,署名を求められて,その場でこれに応じたことが認められる。このような経緯に照らすと,被控訴人代表者は,甲10の内容を十分検討することなく,顧客に迷惑をかけたことに対する儀礼的な謝意を示す趣旨で署名したにすぎないと認められるから,被控訴人の法的責任を認める根拠とすることはできない。」
本件を担当した弁護士