不動産取引
宅建業法等に基づく行政対応

マンション居室の入居者が自殺をしたため、賃貸人が賃借人に対し損害賠償を請求した事案

マンション居室(本件居室)の賃借人は、賃貸人の承諾を得た上で、第三者である入居者に本件居室を利用させていた。ところが、入居者が本件居室内で自殺したため、賃貸人は、賃借人に対し、本件居室内にて自殺との事故が発生した以上は、今後、低額な家賃でしか本件居室を貸し渡すことができないとして、逸失利益(自殺がなければ本来得られた利益)相当額として多額の損害賠償請求を行った。本事案において、当方は、賃借人側の代理人として交渉を行った。
 裁判例上、賃借人は、賃貸人に損害を与えないように配慮する善管注意義務を負うため、自殺した場合には、善管注意義務に違反し、逸失利益相当額の損害賠償義務を負うものとされている。
 これに対し、本件では、自殺したのが賃借人ではない入居者であるため、当方は、賃借人において、入居者が自殺しないように配慮すべき義務までは負わないと主張した。ただし、無断転貸の転借人が自殺した事案ではあるが、賃借人の負う善管注意義務には、「居住者が当該物件内部において自殺しないように配慮することもその内容に含まれるものと見るのが相当である」とする裁判例も存在する(東京地判平成22年9月2日判時2093号87頁)。そのため、当方は、本件の早期解決を重視して、一定額の解決金の支払には応じた。
 もっとも、相手方は、高額な損害を主張していたため、当方は、過去の裁判例を調査し同調査結果を根拠として、本事案における逸失利益は相手方が主張する金額より遥かに低額であると主張した(逸失利益の額は、自殺の態様及び賃貸物件としての流動性がどの程度認められるか等の様々な事情に基づき決定される。)。なお、逸失利益の有無につき判断した裁判例では、自殺事故が発生した後に新たな賃借人が入居すれば、その後に別の入居者に賃貸する際には賃料が減額することはないこと、自殺事故発生から約2年程度が経過した後は自殺を原因として賃料が減額することはないこと等を前提としていることが多い。
 最終的に、相手方が当初請求していた金額の半額以下の支払を行うことを内容とする和解が成立した。
 なお、不動産取引においては、本件のように、従前に自殺・殺人等の事故が存在したこと自体が、嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的瑕疵であると評価される場合がある。ただし、自殺・殺人とは異なり、自然死等にて人が死ぬということ自体は、当然のことであり、心理的瑕疵及び売主や仲介業者の説明義務が当然に認められるものとは判断できない。
 そして、人が死亡した事実が心理的瑕疵に該当するか否かに関して具体的な法規制は存在しないため、心理的瑕疵の有無については、事案毎に、自殺・殺人の場所・事情、当該土地建物の状況、事故発生から売買までの経過期間、当該不動産の利用目的及び地域性等の諸般の事情を考慮の上で判断せざるを得ない。
 また、自然死・病死の事案であっても、遺体が数か月放置されて腐乱死体となって発見された場合や、マスコミに取り上げられたような場合(例えば、母親が病死し、その子(障害児)が餓死したようなケース)については、例外的に事件性があるものとして心理的瑕疵や説明義務が認められる可能性もあるものと判断される。
 なお、心理的瑕疵に該当するか否かにかかわらず、入居者の死亡により汚損等が発生した場合には、賃借人等が原状回復義務を負う場合もある。