不動産取引
不動産取引関係争訟

近隣の暴力団事務所の存在と説明義務【不動産関係訴訟】

1 事案の概要・争点
 本件は,当事務所が被告である仲介業者の訴訟代理人として訴訟対応をした事案である。その概要は,次のとおりである。
 売主Aは,仲介業者Bに委託をし,自己所有の不動産(収益マンションとその敷地。以下「売買不動産」という。)を,買主Cに売却した。
 当該売買不動産が存する市は,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律に基づき「警戒区域」に定められており,また,売買不動産の付近には,同法に基づく特定抗争指定暴力団等の事務所があるとして,公安委員会より「標章」が貼られ,立ち入り・使用禁止が警告されている戸建て住宅があった。
 しかし,この事務所に関しては,以下の事情がある。
 ① 外観上,通常の戸建て住宅であり,個人名で表札が掲げられており,洗濯物干し等も外部から視認できる状況
 ② 最寄り駅に繋がる道路の動線上にはなく,売買不動産の居住者等が通らない行き止まりの路地に面した状況
 ③ 付近において暴力団員風の人物が徘徊する,黒塗りの車両や高級車両が駐停車するなどの状況にはなく,暴 力団事務所であることを示す看板や防犯カメラなども設置されておらず,特殊なガレージなどもない状況
 ④ 売買契約前の数年来,現実に使用されていないように見受けられる状況(後に判明したところでは,所有者は死亡している模様)
 ⑤ 公安委員会の「標章」は,この玄関部分に貼られ,B4程度のサイズで2枚という状況
 ⑥ この標章の存在については,買主C,売主A及び仲介業者Bは勿論,それまで売買不動産を管理していた管理会社,売買物件の確認のために訪れた土地家屋調査士も気が付かなかった状況
 ⑦ 現状,賃借人募集は恙なく行えており,むしろ賃料は増額傾向

 もっとも,その後,インターネットで,当該物件が暴力団事務所と紹介され,それをみた買主Cは,❶心理的瑕疵に該当し価格が下落するとして,売主Aに対し,契約不適合責任を,また,➋調査・説明義務違反があるとして,仲介業者Bに対し,不法行為責任を,各々追及するべく,訴訟を提起した。

2 裁判の状況
 原告である買主Cと売主Aとの関係では,売主Aは,買主Cに対して,契約不適合責任を負担し,「契約不適合」がある場合には,代金減額請求を受ける立場にある(これは損害賠償責任と異なり帰責性が不要)。そのため,暴力団事務所などの嫌悪施設等が近隣に所在する状況が,心理的瑕疵等に該当し,価値の下落が認められるか,という点がメイン論点となり,この評価は,最終的には,不動産鑑定の世界に行き着く。
 他方で,仲介業者Bとの関係では,故意または過失に基づく調査・説明義務違反があるか,ということが問題であり,特に,「過失の有無」がメイン論点となる。
 そこで,仲介業者Bの訴訟代理人として,争点整理が相応に煮詰まった段階で,仲介業者Bと売主Aの裁判を分離するよう裁判所に要請し,これを受け,裁判所は,分離をした上で,原告買主Cと被告仲介業者Bの裁判は,先行して判決が言い渡されることになった。

3 裁判所の判断
 本件では,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律に基づき,「事務所の出入口の見やすい場所」に掲示される標章に気が付かなかったことが,過失にあたるのか,という点が,端的にいえば,中心的な争点であった。
 この点について,裁判所が下した判決は,次のとおりである。
(1)判決主文【被告仲介業者Bの勝訴】
   原告らの請求をいずれも棄却する。
   訴訟費用は,原告らの負担とする。
   ※正確には,買主Cは(土地と建物が区分けされ2名の事案)
(2)判決理由の概要
 ❶ 上記判決主文を導くにあたり,裁判所が重視した事項は,概要,次のとおりである。
  ① 暴力団事務所及び周辺の状態
   ・ 登記簿上「居宅」,玄関には個人名の表札が掲示,路地状の私道に面する居住用建物の13戸のうちの居住用建物である1戸
   ・ 水道の使用量は1ヶ月数リットルから16リットル
  ② 張り紙(標識)の視認性
    主要駅であるJRの最寄り駅から売買目的不動産までの経路からは張り紙は見えず,また,同建物の敷地からも張り紙は見ることはできない。
  ③ 物件状況報告書の記載事項(売主Aからの申告事項)
    売買物件に影響を及ぼすと思われる周辺施設(・・・反社会的勢力関係者の事務所・住居・関連施設・・・)には,「無」との記載
 ➋ 以上をもとに,宅建業者の調査,説明義務としては,「説明すべき法律上の義務の根拠が信義則であることからは,その説明義務の対象となるのは,売買契約締結までの時点で被告が認識していたか,それ以上であるとしても容易に認識しえた事実に留まるものというべき」とし,本件では,被告である仲介業者Bにおいて,公安委員会の標章を認識しておらず,かつ,容易に認識しえなかったとして,説明義務の成立を否定した。
上記「調査・説明義務」の成否に関する判断は,同種事案である東京地方裁判所平成26年4月28日判決の「宅地建物取引業者である被告が,本件土地の売買の仲介において,e社の事務所に関する説明義務を負うのは,被告が本件ビルに暴力団と関連する団体の事務所が存在すると認識していた場合であり,同事実について調査をすべき事情が存在する場合に一定の調査義務を負うものと解される。施設の外観から嫌忌施設であることが容易に把握できる場合を除き,宅地建物取引業者が自ら売買対象物件の周辺における嫌忌施設の存在を調査すべき一般的な義務があるとは解されない。」との判示と同様の発想をもっているものと思われる。
 なお,インターネットで検索すれば,暴力団事務所であることを知り得るのであるから,調査確認を行うべきであったとの買主Cの主張に対しては,「不動産仲介業者が暴力団事務所についての情報収集やデータベース構築を行う注意義務を負う法的根拠はないし,信ぴょう性が一般的に担保されているものではなく,かつ,買主との間に情報格差のないインターネットに記載された情報を基礎として,不動産仲介業者が信義則上調査義務を負うなどとはいえない」との判断を示している。

 【memo】国土交通省不動産・建設経済局 不動産業課が公表している「宅地建物取引業者による人の死の告知に関する ガイドライン」では,インターネット調査に関し,次の取り扱いとしている。
●前述のとおり,取引の対象となる不動産における事案の有無に関し,宅地建物取引業者は,原則として,売主・貸主・管理業者以外に自ら周辺住民に聞き込みを行 ったり,インターネットサイトを調査するなどの自発的な調査を行ったりする義務 はないと考えられる。仮に調査を行う場合であっても,近隣住民等の第三者に対す る調査や,インターネットサイトや過去の報道等に掲載されている事項に係る調査については,正確性の確認が難しいことや,亡くなった方やその遺族等の名誉及び 生活の平穏に十分配慮し,これらを不当に侵害することのないようにする必要があることから,特に慎重な対応を要することに留意が必要である。

4 所感
 本件は,無事,勝訴することができたが,例えば,公安委員会の標章が,主要駅への経路途上にある建物の玄関に貼られており,道路から容易に見えた等の事情があれば,裁判所の判断が変わった可能性も否定することはできない。物件を仲介するに際し,周辺を調査・確認する場合には,この種の張り紙の有無についても,留意をすることが望ましいであろう。

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