大友 秀剛
弁護士
パートナー東京事務所
1 事案の概要・争点
自己の所有する老人介護施設の増築工事を計画した社会福祉法人(委託者)が,行政からの補助金の関係上,絶対的な施工費用予算が4億2000万円であることを設計者と確認・合意したにもかかわらず,設計者が作成した設計図書は最低入札価格が約5億円となるような予算オーバーの成果物であったことから,委託者が設計者との設計契約を解除して,設計者に対して支払済みの設計費用を全額返金するよう求めた一方で,設計者は委託者の予算を達成するためにRC仕様を木造仕様にするなどの追加設計業務を実施したとして,委託者に対して,当該追加設計業務に要した費用を請求した事案である。
当方は,委託者側を代理して訴訟追行を行った。
2 当方側の主張
本件においては,①予算オーバーの設計図書に関する出来高評価,②予算に近づけるための追加作業に要した追加費用請求の可否が争点となった。
当方は,上記①について委託者の予算を大きく上回る成果物については修正が不可能であって,設計を一からやり直さなければならないために出来高を認めることは一切できないと主張し,上記②について予算オーバーという債務不履行を是正するための追加作業について設計者による追加費用請求は認められないと主張した。
3 裁判所の判断
(1)上記事案について第一審は,以下の通り判示して,委託者・設計者の請求をいずれも一部認容した。
【予算オーバーの設計図書の出来高について】
「原告(注:設計者)は,本件設計契約に基づき,本件建物の建設工事費用が4億2000万円を超えないような内容で設計業務を行う義務を負っていた」
「(原告は上記義務に違反したことを認定した上で)本件設計に係る予算超過は,本件設計図書を基準として種々のVE・CD案(減額案)によって調整することができるようなものではなく,RC造の建築物を木造の建築物に代えるという設計業務の抜本的な変更を要する程度のものであったこと,・・大幅な予算超過がある以上,被告(注:委託者)が今後,本件設計図書を利用することは困難であると考えられることなどを勘案すると,本件において,原告が,本件設計契約が解除されるまでの間に履行した設計業務の割合は,6割と認めるのが相当である」
【追加費用請求の可否について】
「本件追加業務は,本件入札の不調を受けて,本件計画に要する費用を圧縮し,本件計画の継続を図るものであり,客観的に見て,被告(注:委託者)のためにしたものということができる」
「RC造の建築物の設計を内容とする設計と木造の建築物の設計を内容とする設計の違い・・を踏まえると,建築物の構造が変更されることは重要な変更であったということができるから,本件追加設計業務が本件設計業務の付随的義務としてなされたものであるということはできない」
「原告(注:設計者)が本件追加設計業務をしたことは,商法第512条の定める他人のために行為したときに該当し,同条に基づく報酬請求権を有する」
(2)上記判決に対しては設計者において不服があるとして控訴し,受託者側である当方も控訴審移行後に附帯控訴をした。
控訴審は,以下の通り判示して,設計図書の出来高については第一審判決を維持しつつ,追加費用請求については第一審判決を変更して設計者の請求を棄却した。
【予算オーバーの設計図書の出来高について】
「本件設計図書は予算超過の不備があるものの,それ自体作成が完成し,被控訴人(注:委託者)に交付されていること,これに要した労力等に照らすと,控訴人(注:設計者)が本件設計契約の解除までに履行した設計業務の割合は6割と認めるのが相当」
【追加費用請求の可否について】
「本件計画が頓挫したのは,控訴人(注:設計者)の本件設計契約における予算管理義務の不履行に原因があるところ,かかる事情の下でなされた本件追加設計業務は,むしろ本件設計契約の付随的な義務の履行として行われたものといえるから,別途報酬が発生するものとは必ずしもいえない上,また,そうではなく別途報酬が発生し得る余地があるとしても,客観的に見て,被控訴人(注:委託者)の意向に反するものであって,被控訴人のためにする意思をもって行ったと認めることはできない」
「控訴人の被控訴人に対する商法512条に基づく報酬請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない」
本件を担当した弁護士