住宅・建築
住宅・建築関係争訟

不同沈下を理由とする瑕疵主張が否定された事案

第1 事案の概要等
 1 事案の概要
土地建物の買主である原告らが、売主である被告(当方依頼者)に対し、被告が地盤改良工事をせず、基礎の選択を誤ったために、建物が不同沈下している等と主張して、損害賠償請求訴訟を提起した事案です。
 2 本判決の総評
   本事案では、原告側は、被告が地盤改良工事を適切にやっていない、基礎施工に問題があるなどと指摘し、その理由として、抽象的に地耐力が不足しているという主張を繰り返していましたが、訴訟を通じて具体的に本件建物の許容支持力と必要地耐力について、主張立証をしませんでした。建築紛争においては、欠陥原因(本訴でいえば「不同沈下」というのが原告の主張です)の立証も原告にあります。そのため、例えば、「建物の傾きが6/1000以上である」という欠陥現象が生じていたとして、その「原因」が「不同沈下」にあることは原告が立証しなければならず、単に「建物が傾いているが、この原因は不同沈下である」という主張をするだけでは、原因論について立証ができていない、ということになります。
本裁判例は、民事訴訟法の原則にのっとり、原告側に「建物の傾きが不同沈下であること」の立証を求め、原告はその立証ができなかったとして、請求を棄却した事例であり、改めて立証責任の所在について確認した事例です。
同種事案においても、単に不同沈下したという主張に対しては、単なる結果としての現象を言われているだけ(本件でいえば、建物が傾斜しているという事実)で、具体的な原因論についての言及がない場合には、相手方に対して立証を求めていくことが必要になります。

第2 争点
 1 本件土地及び建物における瑕疵の有無
   本件建物には、一定の傾斜が存在しているところ、当該傾斜の原因及びそれが瑕疵に該当するかが争点となりました。
 2 不法行為責任の有無
   本件土地建物の状況を前提に、土地及び建物に基本的な安全性を損なう瑕疵があるか否かが争点となりました。
 3 除斥期間、消滅時効の完成の有無
   本件土地及び建物の引渡日は平成12年4月2日であったことから、当職において、瑕疵担保責任は除斥期間により経過、不法行為責任は消滅時効を援用する旨の主張をしました。なお、2020年4月1日に施行された改正民法により、不法行為責任の期間について、改正前までは除斥期間(権利行使は不要)とされていましたが、消滅時効(援用が必要)に改められています。本件では、不法行為責任の20年経過時が2020年4月2日であり、改正民法施行後に期間経過を迎えることから、除斥期間ではなく、消滅時効の適用が問題となりました。

第3 判決のポイント
1 争点1について
 ⑴ 建物の傾斜について
  【判決のポイント】
   本件では、建物の傾斜と不同沈下との関係が問題になっているところ、原告は、住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準(平成12年7月19日建設省告示第1653号)において、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存する可能性が高いレベルにあたると主張していました。もっとも、裁判所は、3m程度離れていない2点間の距離を前提に測定したものについては、傾斜を考慮するのは相当でないとした上で、1000分の6を超えている傾斜が認められる箇所についても、同技術的基準において瑕疵が存する可能性が高いとされている傾斜があったとしても、直ちに瑕疵が存するというわけではなく、傾斜の原因は特定されていないとして、原告の請求を排斥しました。
  【判決抜粋】
   「住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準(平成12年7月19日建設省告示第1653号(以下「告示1653号」という。))は、1000分の6以上の勾配の傾斜がある場合、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存する可能性が高いとし、A建築士は、本件建物の基礎につき、甲第21号証資料1における点X3Y1から点X2Y6まで及び点X3Y1から点X4Y6までについて1000分の6.66、点X3Y1から点X2Y2までについて1000分の7.14、本件建物の 1階洗面所の建具枠について1000分の7の傾斜があるとする。
   もっとも、告示1653号は3m程度以上離れている2点の間を結ぶ直線の水平面に対する角度の傾斜を前提にしているところ、点X3Y1から点X2Y2までの水平距離は2.1m、本件建物1階洗面所の建具枠は1800㎜と、いずれも3mに満たないから、点X3Y1から点X2Y2まで及び本件建物1階洗面所の建具枠についての傾斜を考慮することは相当ではない。
   (中略)
   点X3Y1から点X2Y6までを除けぱ、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存する可能性が高い1000分の6以上の勾配の傾斜があるとは認められない。また、告示1653号は、構造耐力上主要な部分に瑕疵が存する可能性が高い場合に該当しても、瑕疵が存在しない場合もあることを前提にしている。
   (中略)
   そして、本件建物は建築後20年以上が経過しているところ、床は経年によって不陸が生じ得るものであることも考慮すると、不同沈下によって床が傾斜したと認めるのは困難である。
 ⑵ 基礎の形状について
  【判決のポイント】
   本件建物においては、パンフレット上、「50kN/㎡」用の基礎と掲載されているにもかかわらず、現実に使用されているのは「30kN/㎡」用の基礎であったため(ただし、社内上の基礎規格の呼称)、原告は、地耐力が不足しているという主張を展開していました。しかしながら、基礎の形状は、少なくとも建築基準法令には適合しており、地盤調査をもとにした長期許容支持力の検討においても、必要地耐力を上回っていたことから、裁判所は、原告の主張を排斥しました。
  【判決抜粋】
   「本件土地の地盤における長期許容応力度は、令和2年5月27日の調査によれば、いずれの地点においても30kN/㎡以上であり、本件建物の建築時(平成12年)にこれより低かったことを認めるに足りる証拠はないから、布基礎による施工が許容される。そして、本件建物に用いられている布基礎の底盤の厚さは15cm、底盤の幅は46cmであり、法令上要求される水準を満たしている。
   また、本件建物における各柱の長期許容支持力は、いずれも必要地耐力を上回っており、構造耐力上安全性を欠くとはいえない。A建築士は軸力算定の根拠を示すべきである旨指摘するが、むしろ、原告らが安全性を欠くことを立証しなけれぱならない。 原告らは、本件土地は長期許容応力度が30kN/㎡しかないのに、 本件建物には長期許容応力度が50kN/㎡用の基礎が用いられており、 地耐力が不足している旨の主張をする。確かに、本件売買契約当時のパンフレットには「基礎ベース幅600ミリメートルの 3t/㎡基礎を採用」とされているのに対し、本件建物の基礎伏図には「(50kN/㎡)5t/㎡基礎」と記載されている。しかしながら、仮に本件建物において50kN/㎡用の基礎が採用されていたとしても、基礎の形状が法令の基準に合致していること、各柱の長期許容支持力が必要地耐力を上回っていることは前記のとおりである。そもそも、原告らは地耐力が具体的にどの程度不足しているかについて客観的根拠を示しておらず、地耐力が不足していると認めることはできない。」
2 争点2について
 【判決抜粋】
  「原告らは、本件土地及び本件建物には基本的な安全性を損なう瑕疵がある旨の主張をするけれども、本件士地及び本件建物に瑕疵があると認められないことは上記のとおりであり、原告らの主張は採用することができない。したがって、被告は、原告らに対し、不法行為責任を負わない。」
3 争点3について
 ⑴ 瑕疵担保責任の除斥期間の経過について
   原告は、除斥期間の経過を被告が主張することは信義則違反又は権利濫用に当たると主張しましたが、裁判所は、これを排斥しました。
 【判決抜粋】
  「原告らは、被告が除斥期間を主張することは、信義則違反又は権利濫用に当たる旨主張するけれども、除斥期間が経過すれば、裁判所は、当事者の主張がなくても、除斥期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきであるから、除斥期問の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当であると解すべきである。」
 ⑵ 不法行為責任の消滅時効の経過について
   原告は、消滅時効を被告が援用することは信義則違反又は権利濫用に当たると主張しましたが、裁判所は、これを排斥しました。
 【判決抜粋】
  「〔原告は〕本件建物の引渡時以来、沈下と関係のあるパーテーションや建具の不具合が何度も生じていたと主張している上、被告から平成16年には塀沈下等に関する見解、平成29年には建物内部の誤差を聞いており、瑕疵現象を認識していたといえる。そして、被告の責任を追及する前提として、瑕疵原因を特定するのは、原告らの責任である。
以上によれぱ、被告が、本件建物について地耐力不足の可能性や、地盤が不同沈下する危険性を認識しながら、虚偽の説明を繰り返したために、原告らが被告の責任を追及できなかったとは認められず、被告による消滅時効の援用が、信義則違反又は権利濫用に当たるとはいえない。」

同分野の案件実績