住宅・建築
瑕疵担保責任・契約不適合責任

基礎コンクリートのクラックの瑕疵該当性が問題とされ,基礎再築費用相当額の損害賠償が請求された訴訟事件

建物の基礎に,無数のクラックが確認されたことに端を発し,所有者(発注者)側は,当該建物を新築した事業者(受注者)に対して,強硬に苦情を述べ,これを受け,事業者(受注者)は,目視調査,シュミットハンマー打撃調査,コア抜きによる圧縮強度試験,中性化深さ試験,グルコン酸ナトリウム法による水セメント比の配合推定試験等を行った。
 このうち,水セメント比の配合推定試験で一部試験結果が不良であったため,所有者(発注者)側は,現場でコンクリートに加水が行われた等との主張を展開したことから,深刻なトラブルに発展し,その交渉過程で,事業者(受注者)側は,基礎を再築する旨,一筆入れることとなった。
 しかし,上記に関する当事者間の任意協議がまとまらず,双方弁護士が介入し,任意交渉,その後に実施された調停手続がいずれも決裂した結果,所有者(発注者)側より,基礎再築費用相当額の損害賠償請求訴訟が提訴されるに至った。上記事件について,事業者(受注者)側の被告訴訟代理人として関与した。
 鉄筋コンクリート構造物では,コンクリートが乾燥し水分が蒸発する過程で,コンクリートが鉄筋その他の内部的拘束を受けることによって,クラックが発生することがある。
 鉄筋を例にとってみれば,乾燥収縮しない物体である鉄筋により拘束を受けたコンクリートは,乾燥し収縮した際には,収縮率の分だけ「割れる」しかないという形で理解できる。これは鉄筋コンクリート構造物の宿命的な問題といえる。
 他方で,劣悪なコンクリート施工がなされれば,その「程度」が甚大となることはあり得るため,一概に,「クラックゆえに施工者に責任がない」とはいえない。
 本訴は,基礎コンクリートに発生したクラックが許容される程度を超えるものであるのか,その原因は何であるのかという点が,大きな争点となった事案である。
 ① 当該コンクリートは,JIS認定工場で製造され,かつ,製造に供された材料は,各種材料試験に合格
 ② 当該コンクリートの配合計画にでは「単位セメント量」「単位水量」「単位骨材量」「水セメント比」等ともに適切な配合が実施
 ③ 当該基礎コンクリートのコア抜き供試体を試験した結果,構造耐力(圧縮強度)と耐久性(中性化抵抗性能等)ともに問題なし
 という状況のもと,所有者(発注者)側は,例えば,
 ⅰ グルコン酸ナトリウム法による配合推定試験の結果,単位セメント量が著しく少ない供試体が確認された。また,供試体相互でバラツキがある。
 ⅱ 基礎は降雨に曝されものであるところ,貫通クラックがあるため,放置すると鉄筋の爆裂を引き起こす。また,これにより防水性・水密性が低くなり,耐久性が阻害される。クラックの発生・拡大は,建物の基本的な安全性を損なう瑕疵である(放置した場合における将来の観点)。例えば,ある権威のある学会の技術書籍には,「ひび割れ幅と鉄筋の腐食の調査結果」(a)や「載荷時のひび割れ幅と鉄筋の露出長さ」(b)の表があり,これらの表によると,ひび割れ幅が0.05㎜から0.15㎜の場合には,鉄筋の露出の長さ(鉄筋の付着破壊の長さ)が10㎜から90㎜,また,ひび割れ幅が0.02㎜以下であっても,腐食の程度が25%に及び,ひび割れ幅0.20㎜では60%にも及んでいることとなる。
 ⅲ クラックの発生数が異常で進行性がある。
 ⅳ 事業者側とは基礎について造り替える旨合意しており,その旨の書面(事業者からのファクシミリ)もある,
等々を指摘し,クラックの発生原因が熾烈に争われた。
▼ ⅰに対して|コンクリート部材や施工方法に関する各種技術的基準は,コンクリートの品質確保,ひいては構造耐力や耐久性を発揮する「目的」のために定められるものであるはずであり,この「目的」が実現できていることがコア抜き等のいわば実証試験の結果,確認された状況下(前記③),単位セメント量を「推定」する試験のみに依拠し,コンクリートの品質を論じる必要性はあるのか,合理性はあるのか。
▼ ⅱに対して|ⅱの (a)の表は,腐食の程度に関わるものであるにもかかわらず,コンクリートが打設されてからの「時間」の観点がない。腐食の問題であれば時間の観点が必須と思われるにもかかわらず,である。特段の留保なく一般的に紹介されている表ではあったが,果たして適用することが適切なのかという観点から原論文を調査すると,この表は,被り厚さ15㎜の供試体を4年間海岸で暴露し,さらに1年間海中に浸漬してひび割れ幅と鉄筋の腐食状況を報告した実験の結果の模様であった。そうでれば,普通の環境下のものとは全く異なるものであり参考にすることは許されない。
 ⅱの(b)の表は,「載荷時」,すなわち,コンクリートに引っ張り力をかけた際に,コンクリートが鉄筋から剥離するという物理現象を検証した実験結果に過ぎず,「載荷」前提なくして,ひび割れ幅から鉄筋の露出長さを導ける関係にはないはずである。
▼ ⅲに対して|クラックの発生「数」を問題とするべき理由はない。計画供用期間の級が長期および超長期のコンクリートでは,コンクリートの乾燥収縮率は,8×10-4以下とされる。そうであれば,合計幅がこの範囲であれば,乾燥収縮として許容範囲となり得るのではないか。
▼ ⅳに対して|確かに,協議・交渉により解決したいとの観点から,当事者間での任意協議に際し,そのような書面を送付したことはあったが,解体の時期,方法,範囲等は何ら定められておらず,当事者間の任意交渉決裂→代理人間交渉決裂→調停での協議決裂という状況下では,あくまでも,「結果として決裂した交渉の一過程で提案された一つの考え」に過ぎない。ここに法的拘束力が及ぶべき理由はない。
等々と反論を展開した。
 なお,上記以外にも,施工過程に関し,環境温度変化,運搬計画と現実の運搬状況,打ち込み方法,養生期間などについても,技術文献・基準整合性が問題となったところではある。
 結果は,瑕疵該当性は否定され,この判決は控訴審で確定となった。
 上記訴訟からは,
  ■当該技術的基準の実質的な意味
  ■交渉に際し,何らかの提案をする場合,どのような方法・表現で行うのが適切であるのか。
という点が学ばれるべきであろう。適用すべきではない技術的基準を持ち出し,その基準が意図するところに注意を向けず問題点を論じるのは有害無益であり,あらぬ誤解を生む要因となるし,また,紛争となっている相手方に対して,不用意に誤解をもって受け取られる表現で,提案をしてしまうと,ボタンのかけ違いにより,その後に悲劇的な行き違いを生む。上記紛争は,紛争発生時から控訴審判決確定までの間に,実に5~6年もの期間を要している。
 鉄筋コンクリート造構造物の乾燥収縮クラックは,技術者にとっては当然のことであっても,それが一般消費者にとっても当然とは限らない。クラックが生じれば,不安を持つであろうし,また美観を害することもあろう。これをどのように顧客に説明をし,周知を図っていくべきか,という点については,建設に携わる事業者側の課題といえるのかもしれない。

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