人事・労務
人事・労務相談への対応

退職者(障がい者)への対応に関する法的検討

第1 検討事項

貴社が過去雇用していた従業員(以下「X氏」といいます。)について、貴社の他の従業員が、X氏に対し、傷病手当金の継続給付に関する、誤った説明(以下「本件説明」といいます。)をした場合における、貴社の法的責任について検討します。

第2 検討

1 錯誤取消の可否

⑴ X氏が200万円の損害賠償請求をする場合の法的構成として、X氏による退職の意思表示について錯誤取消(民法95条1項2号)を主張することが考えられます。

⑵ X氏による退職申出日は、令和7年1月末であり、本件説明は、その3か月後の同年4月でした。そうだとすると、令和7年1月末までにX氏と貴社との間で傷病手当金に関するやりとりがなかったことを前提に、X氏の退職の意思表示は本件説明に基づくものとはいえないと考えられます。

⑶ したがって、退職の意思表示に錯誤があったとはいえず、上記主張は認められない可能性が高いと考えらえます。

2 雇用者としての誠実義務違反

⑴ X氏は、貴社に雇用者としての誠実義務違反があると主張することが考えられます。

⑵ 参考判例(東京地裁平成21年 3月27日 )
教員を原告、学校法人を被告とする裁判例において、以下のとおり、被告の誤った説明は、雇用者としての誠実義務違反であるとして、休職の適用を受ける機会を喪失したことによる損害が認定されました。認定された200万円の損害の内訳は明らかにされていませんが、「期待権侵害にとどまる」とされていることから、誤った説明に起因する期待権侵害の損害は大きな割合を占めていないと考えられます。

「休職について誤った理解の下に伝えたことについて、被告は、雇用者としての誠実義務を怠ったとの評価を免れないから、雇用契約上の義務違反としての責任を負う。」

「原告には、被告の上記義務違反及びこれに基づく誤った説明により(そして上記で錯誤があったとされた場合には、誤った意思表示をさせられ、地位を失ったたことも含む。)により、本来休職の適用を受けてしかるべきだったのにこれを受ける機会を喪失したことによる損害(ただ、仮に休職が適用されたとしても、雇用契約の期間は最長でも平成16年3月までであることは上記のとおりであり、損害といっても、休職の適用を受けられたはずであったという期待権侵害のようなものにとどまる。)のほか、適時にシックハウス症候群か否かの診断及び治療を受ける機会を喪失させられた損害が生じていることになる。これらによって原告は精神的苦痛を被ったことが認められるが、これらを慰謝する金員としては200万円をもって相当と認める。」

⑶ 上記裁判例は、被告である学校法人(及びその運営委員会)に決定権限のある休職等に関する規定について、誤った説明がなされたというものであります。この場合、原告にとって、被告による説明が全てであり、被告による説明が正解となるという事案でした。一方、本件説明の場合、退職後の傷病手当金は健康保険組合、全国健康保険協会等により支給されること、傷病手当金の制度は貴社の制度ではないことを踏まえると、上記裁判例の射程内ではないと考えられます。もっとも、退職前には、貴社が傷病手当金の窓口であることからすると、射程外であると断言することはできません。

⑷ したがって、貴社が誤った説明をなしたことについて、雇用者としての誠実義務を怠ったと評価される可能性は高くはありませんが、その可能性は否定できません。

3 障がい者への配慮義務違反

⑴ 障害者雇用促進法 により、事業者には、合理的配慮の提供が求められています。また、本件説明は、X氏の退職後になされたものであることから、障害者差別解消法で求められる、合理的配慮の提供も一応問題となります。そこで、X氏は、本件説明について、貴社による合理的な配慮提供義務違反を主張することが考えられます。

⑵ 障害者雇用促進法の規定する、合理的配慮とは、障害者と障害者でない者との均等な機会や待遇の確保、障害者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための必要な措置をいいます 。

⑶ 本件説明は、厚生労働省公表の事例も踏まえ、同法の合理的配慮に違反したものとまではいえないと考えられます。

⑷ したがって、上記主張は認められない可能性が高いと考えられます。

本件を担当した弁護士

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