有賀 幹夫
弁護士
パートナー東京事務所
本件事案の概要は次のとおりである。
化学物質過敏症に罹患した施主が,人体に有害な化学物質を使用せずに健康な住宅を建築することができるとの業者の言葉を信頼して請負契約を締結したのであるが,それにもかかわらず,現実には化学物質を多量に含有する塗布剤,接着剤等が使用され,結果,室内空気汚染が生じた。そこで,施主において,シックハウスを含む,他の建築瑕疵等を理由に,業者側の請負残代金・追加変更工事代金の支払を拒絶したところ,業者側より訴訟が提起されたことから,反対に,施主も業者及び同業者の代表者に対して損害賠償請求を行った事案である。
上記につき,施主側の訴訟代理人として関与した。
本件において最も大きな争点は,①室内空気汚染(健康住宅を依頼したにもかかわらず,厚生労働省の策定した室内濃度指針値を超過する室内空気汚染が生じたこと)と②構造上の瑕疵(耐力壁の仕様となっていないこと)であった(もっとも,その他の瑕疵該当性,追加変更工事該当性も一項目毎に争点を形成しているのは当然である。)。
争点①については,裁判所は,「本件建物のために選択され使用された塗料や接着剤が,当時のシックハウスに関する基準や規制に反するものであることを認めるに足りる証拠はなく,原告らが当時専門的知識を活用し,被告●●に臭いを嗅いでもらう等の方法も併用しながら,化学物質過敏症を防止すべく配慮をした経過が窺われる。しかし,本件建物の請負契約で,被告●●の化学物質過敏症に伴うシックハウス対策が特に重視されていたことに照らせば,化学物質を含んだ塗料や接着剤が相当量使用されている点で,その配慮が十分であったとは認められない。そのため本件建物では,後記(26)(換気設備)の不足を主な原因として,前記(16)(木製建具)からの化学物質の発散と相まって,基準値を超える室内空気汚染を生じたさせたことが認められる」と認定して,瑕疵と評価したが,具体的な損害額は,建て替えまでは不要であることを前提に,「被告らの生活の場である自宅に上記瑕疵が生じ,本件特有の請負契約の趣旨に沿わないことに鑑みれば,本件建物それ自体に応分の減価は免れず,その金額は,建築代金の約1割」としか認定しなかった。
争点②については,業者が建築基準法上の仕様規定に違反した壁を施工したので(耐力壁としての性能がないことになる),仕様規定違反=瑕疵である旨,主張したところ,業者側からは,「限界耐力計算を実施したところ,安全性は確認された」との反論がなされた。
この点については,業者側の限界耐力計算の前提とされた実験が,本件建物の仕様とは異なること,また,応力の分析・検討が不十分と言わざるを得なかったこと等から,これらを詳細に反論したところ,裁判所は,業者側の主張を一切採用せず,仕様規定違反を前提に瑕疵を認定し,補修工事相当額を損害と認定した。
しかし,裁判所は,当方の主張を全面的に採用したわけではなく,瑕疵ではないと判断した項目もあり,追加変更工事代金も半額以上認めた。
双方が控訴し控訴審では和解解決の可否について協議が行われたが決裂し,判決が言い渡されることとなった。控訴審の判決でも瑕疵についての認定は第一審を維持し,損害額の評価も基本的に第一審判決と同旨であったが,遅延損害金の法的評価については当方の主張を採用した結果,第一審判決より結論は好転した。
化学物質過敏症に関しては未解明な事柄が多く,本質的・根本的解決が難しい。判決で勝訴をしたからといって,施主が安全に住めるという関係にないからである。医療の進歩により,医学的に根治できる手法が早急に見つかることが切望されるところである。
本件を担当した弁護士