有賀 幹夫
弁護士
パートナー東京事務所
生後3ヶ月20日程度の乳児に、哺乳量の低下、何となく元気がない(not doing well)、約39℃の発熱等の症状が継続し、末梢白血球数19、400μl程度、血小板数60、000μlという状態となったが、医師からは中耳炎等と診断されたため、適時適切な治療の機会を逸し、同診断日の6日後に、細菌性髄膜炎により高度の水頭症、脳萎縮、てんかん、脳性麻痺、精神発達遅延などの後遺症を残すこととなり、「四肢麻痺」として障害等級1級の認定を受けるに至った事案。被害者側の原告訴訟代理人として、後遺障害逸失利益等を含め、損害賠償請求訴訟を提訴した。
細菌性髄膜炎には、約1日で脳に重篤な障害を及ぼすなど、電撃的に進行するものもあり、一般的にいっても、乳児、小児事案については、凄まじい速度で病状が進行・悪化するため、当該医師の診断時にそもそも細菌性髄膜炎に罹患していたのか(最終診断日から発症までの空白の6日間で発病、進行した可能性。因果関係)、医師の診察時には、医師の診断のとおり、「中耳炎」や「突発性発疹」に過ぎなかったのか等、医学上の事項が大きな争点となった。
法律論に関しては、前記因果関係の問題の他、予見可能性(過失)も問題となった。つまり、通常の診断過誤が争点となる場合には、当該疾病の特異的な症状が発現し、医師がそれを認識していたということを中心に予見可能性の立証を行うことになるものと思われるが、乳児の細菌性髄膜炎では、成人の細菌性髄膜炎とは異なり、ケルニッヒ徴候、項部硬直等の細菌性髄膜炎の特異的な症状に乏しいことが多いという点に逆に特徴があり、本件においても、特異的症状と言われる症状を呈してはいなかったため、「過失」の立証をどのように行うべきかということに困難が伴った。
後医のカルテの精査、各種医学文献の調査、協力医との相談・面談等を繰り返し行いつつ、約3年間に渡り訴訟活動を行った。裁判では、耳鼻科医の証人尋問、被告医師の本人尋問、被害乳児の両親の本人尋問も行われた。これらの後、裁判所より、被害者側の主張する事実関係を全面的に採用し、損害賠償として医師側に9500万円を被害者側に対して支払うよう「和解勧告」がなされ(判決文のような形式であった)、結果、最終的に和解が成立した。
医療訴訟においては、事柄の性質上極めて専門的な事項が問題となるため、当該分野を専門とする医師のご協力をいただくことが必要不可欠である。しかし、他方で、医師の日常業務は多忙の一言に尽き、また、当然のことであろうが、好んで紛争案件に関与することは忌避されるため、訴訟案件では被害者側にご協力をいただけないことも多いものと思われる。上記訴訟では、心ある医師の惜しみないご協力をいただくことができたことが勝因であろう。
本件を担当した弁護士