有賀 幹夫
弁護士
パートナー東京事務所
本件の事案は複雑であるが,事実関係の概要を整理すると,以下のとおりとなる。
一 A会社の取締役であったBが,取締役在任中に,競業避止義務に違反し(但し,競業避止義務に違反するか否かの法的評価には当事者間に争いあり),自己名義で取引行為を行った。
二 Bの知人でありA会社の元従業員であったCは,A会社と同様の業種をも内容とする新会社Dを設立し,営業行為を開始した。
当時,A会社の取締役であったBは,A会社のために取締役としての通常の業務を行い,その実績を積み上げていたが,これにあわせて,一のとおり自らの名義でも取引を行い,また,A会社がコストパフォーマンス上,受注できない顧客などについては,新会社Dに紹介をしたこともあった。
三 その後,競業避止義務違反を理由に,BはA会社の取締役を退任した。
四 退任後,Bは,新会社Dに移籍した。
概要,このような事実関係のもと,A会社は,Bに対して競業避止義務違反等を理由とする損害賠償請求をするとともに,新会社Dに対して,①Bの違法な競業取引に協力し又はこれを幇助したこと,②Bが新会社Dに移籍することにより,Bの違法な競業取引によって形成された事業を,新会社Dが引き継いだことを理由に,合計2000万円超の損害賠償を請求したという事案であり,新会社D側の訴訟代理人として訴訟を追行した。
上記①については,A会社の取締役Bと新会社Dを設立したCの個人的な人間関係などが強調され,新会社DとBの行為が「一体」のものとして,主張された点,上記②については,実質的には,「移籍」の事実=「事業の引き継ぎ」として,主張された点に特色がある。
本来,競業避止義務の負担者は,当該会社と特定の法律関係のある取締役や就業規則・誓約書等で特に競業避止義務を負担することとなる者に限定されるべきであり,A会社との関係で競業避止義務を負担しないCやCが設立した新会社Dは,A会社との間で競業避止義務を負うものではない。むしろ,Cや新会社Dには独自の営業の自由がある。
そのため,上記①に関わる法的責任については,新会社Dらが,Bの行為が違法であることを認識しつつ,これに荷担してA会社に損害を加える意図があったなどの事情がない限り,安易に認められるべきではないであろう。
加えて,ここでは,具体的にどの取引に対してどのような態様で協力,幇助したかという点こそが,問題とされなければならないといえよう。しかし,本件ではBが新会社Dに便宜を図ったことはあるという程度の事情はあっても,新会社DがBに対してBの競業取引上の便宜を図るなどの事情はなかったため,その当然の結果であるが,A会社側はこの点についての主張,立証をすることができなかった。
次に上記②については,人は業務に従事する経験・体験を積むことによって,ある程度の技能・知識や人脈等を保有・集積するものであり,転職に際しては,当然,これらの経験などを生かすものであるところ,これは,職業選択の自由の一環である以上,かかる自由に基づき,新会社DにBが移籍したことをもって,殊更に「事業の引き継ぎ」がなされたとして,新会社Dにその法的責任を負担させるという点には大いに疑義があるところである。
仮にいくばくか顧客を引き継いだとしても,新会社Dが,A会社との関係で,なぜそれが許されないのか,また,そもそも,顧客自身にも取引相手を選別する自由はあるところ,その顧客の意思は法的責任との関係でどのように評価されることになるのかといった問題点もあるところである。
判決の認定は多岐にわたるが,結論として,A会社の新会社Dに対する損害賠償請求は全て棄却された。
企業内紛争やこれに派生した紛争は,熾烈な対立になることが多く,紛争が長期化することがあり,判断に悩む微妙な事案も多い。
本件もこのような類型に属する紛争といえ,関係裁判例の調査や法律構成の検討・分析等に際し,膨大な時間を要するものであった。
本件を担当した弁護士