井上 雅之
弁護士
パートナー東京事務所
1 争点
争点は多岐に亘るが、重要な判示事項は、ダクトに関する争点である。
本訴は、施主が、施工業者に対して、戸建住宅の台所レンジフード排気ダクトについて、アルミ製フレキシブルダクトが用いられていることについて、「内面が平滑ではなく凹凸形状になっていること」が火災予防条例に違反するとして、瑕疵担保責任ないし不法行為責任に基づき損害賠償請求をしてきた事案である。
2 当方側の主張
⑴ 火災予防条例の抽象性
まず、問題となった火災予防条例には、厨房設備に関する条項について、「厨房設備に附属する排気ダクト及び天蓋(以下「排気ダクト等」という。)は、次に定めるところによること。」とした上で、「ア 排気ダクト等は、耐食性を有する鋼板又はこれと同等以上の耐食性及び強度を有する不燃材料で造ること。ただし、当該厨房設備の入力及び使用状況から判断して火災予防上支障がないと認められるものにあつては、この限りでない。」という規定が存在した。
どの自治体の火災予防条例にも、同様の規定があると思われるが、ポイントとなるのは、ただし書の「火災予防上支障がないと認められるものにあつては、この限りでない。」という点である。つまり、この「ア」では、「火災予防上支障がない」のであれば、耐食性を有する鋼板等で施工する必要がないという規定となっている。
「ア」以外の規定には、この但書きはないが、本件で原告が主張の根拠としていた条項は、「カ 排気ダクトは、曲がり及び立下がりの箇所を極力少なくし、内面を滑らかに仕上げること。」という非常に抽象度の高い規定であった。この条項の「曲がり及び立下りの箇所を極力少なく」というのは、具体的にどのようにすればよいかもよく分からなければ、「内面を滑らかに仕上げる」とは、何をもって「滑らか」と評価するのかも同様によく分からない内容となっている。
⑵ 火災予防上支障がなければよいのではないか
そこで、当職としては、「カ」の条項に「ただし書」はないが、材質について指定している「ア」の条項ですら、火災予防上支障がなければ適用がないのだから、より抽象性の高い「カ」についても、同様に火災予防上支障がないのであれば、重視する必要はないのではないか、という視点で反論を行った。
この自治体では、火災予防条例の解説・指導指針というものを公表していたが、そこには、『「当該厨房設備の入力および使用状況から判断して火災予防上支障がないと認められるもの」とは、当該厨房設備の入力が21キロワット以下であって、かつ、当該厨房設備の使用頻度が低いと認められるものをいう』と解説されている。また、地方自治体が火災予防条例を制定・運用する際の参考として、総務省消防庁が、平成3年(1991年)10月18日、各都道府県の消防主管部長宛に通知した、「消防予第206号 火災予防条例準則の運用について(通知)」によれば、『「当該厨房設備の入力および使用状況から判断して火災予防上支障がないと認められるもの」とは、当該厨房設備の入力が1万8千キロカロリー毎時以下であって、かつ、当該厨房設備の使用頻度が低いと認められる場合をいう』とした上で、『一般の家庭において通常行われている程度の使用については、これに該当するものとして取り扱って差し支えない』とされていることも参考になる。
上記に鑑みると、少なくとも、一般家庭における排気ダクトについては、通常は「火災予防上支障がない」と判断されるべきである、というのが、当職の検討した構成の第一歩となる。
⑶ 「内面を滑らかに仕上げる」の意味
「内面を滑らかに仕上げる」というのが、どういう意味なのかを、調査したものの、自治体の発行する解説・指針にも、どこにも具体的な基準が掲載されていない状況であった。一切の凹凸を認めない、完全にツルツルでなければならないのか、多少の凹凸はあってもいいのか、この規定だけでは分からない。
⑷ 小括
上記を踏まえ、当職において、火災予防上支障がないのだから、ただし書はなくとも、「ア」と同様に「内面を滑らかに仕上げる」ことまでは要求されていないと解釈すべきであるし、仮に、適用があるとしても「内面を滑らかに仕上げる」という内容自体がはっきりしていないから、条項に違反しているということを原告は立証できていない、という理屈を展開しました。
3 裁判所の判断
裁判所は、まず、「内面を滑らかに仕上げる」という条項について「(この)趣旨は、厨房設備に附属する排気ダクトに油脂等が付着して固着すると、排気ダクト内で引火して火災が発生する危険があることから、油脂等の固着をできる限り防止するために排気ダクト内面を滑らかに仕上げることを求めているものと解される。そして、上記趣旨に加え、「滑らか」という文言は抽象的であることを踏まえれば、同カに違反するか否かは、当該厨房設備において、大きな入力を伴う調理の有無及び頻度、大量の油脂成分を含む蒸気を発生させることの有無及び頻度等を総合的に考慮せざるを得ない」と認定した。
その上で、「(本条項の)文言上は、厨房設備について業務用と一般用を区別していないが、一般用の厨房設備では、通常の使用である限り、大きな入力を伴う調理をしたり、大量の油脂成分を含む蒸気を発生させたりすることはほとんどないといえる。これを踏まえれば、同カの解釈適用に当たって、一般用の厨房設備については業務用のそれより厳格な取扱いをする合理的理由はないというべきである。そして、居住用の住宅である本件建物において業務用の厨房設備を用いる等の事情はうかがわれないことに鑑みれば、できる限り排気ダクトにスパイラルダクトを用いることが安全側ではあるものの、少なくとも排気ダクトの一部にフレキシブルダクトを用いることが同カに反するとは直ちに解されない」として、当職の主張を全面的に採用する判決となった。
本件を担当した弁護士